童貞は隠すべきか

前回あたりから急激に書く事が無くって収束して消滅した。いや前回同様にただ思った事を書けば良いんだけど、それをここに書きたいという欲求が無くって収束して消滅した。
何かを書きたいという気持ちはあるものの、どう書けば良いか、漠然としていて、曖昧で、ついついどうでも良くなってしまう。
とりあえず、自分が今読みたいと思うような事を書いていこうかと思う、僕が読みたい事は……なんだろうか。
夜中、PCの前に座ってしばし考える。


アレだ、僕は童貞なんだけど。今までこんな感じに誰にでも童貞である事実を隠さず言ってきたんだけど、そろそろ隠していった方が良いのかもしれない。特に恥ずかしいという気持ちは無く、逆に童貞を隠してる事の方が恥ずかしいんだけど、あえて言わない方が物事がスムーズに行くというか、変な気を使わなくて済む(相手も僕も)という事が分かってきた。多分童貞じゃない方がラクな年齢になってきた、つまり童貞である事が許されない年齢、という事なんだと思うけどどうすれば良いだろうか。


去年。僕は中学時代のクラブの同窓会に行った。そこで久しぶりに先輩二人(どちらも女性)と再会し、後日僕と先輩二人の三人で京都に遊びに行くことになった。
彼女達は今日のように、女二人男一人という組み合わせでよく遊びに行くと言う。前回は中学時代のクラブの男の先輩(僕も知ってる人)で、その人の代わりに僕を誘ってくれたようだ。
車中どういう訳か、彼女達はさんざんその人の悪口を僕に語って聞かせるのだった、僕はただ「はあ」と答えるしかなかった。


そして一年後、深夜二時。僕は冷蔵庫から野菜ジュース(植物性乳酸菌入りの)を取り出してコップにそそいで飲む。小腹が空いたので何か軽く食べようかと思う。台所をうろうろする。
暗がりの台所の中、僕は立ち止まり、急に思い出す、去年の事。
彼女達は一体何だったんだろう……。
あの後すぐに一人は結婚して大阪を離れた。もう一人ともそれから一切連絡は無い。結婚した人はかなり行動的な人だったから、彼女が居なくなれば連絡が途絶えてしまうのは予想していた事だった。
車中で彼女達が言った言葉を思い出す。
僕の前任の男の先輩は素人童貞だったらしい、それで彼女達をしつこく口説こうとしてうざかった、と言うのだ。その話を真性童貞である僕はどのような顔をして聞けば良いのかさっぱり分からない、ちなみに彼女達には僕が童貞で彼女いない暦=年齢だという事はその日以前に伝えていたのだが。
その日の帰り、僕達はバイキングレストランに行く。そこで結婚した方の先輩がバイト先での話をする。
ある日店長と休日に出かける事になったという(目的は失念した)、その店長とは長い付き合いでとても信頼していたという、しかし帰り道、その店長は車を無言でラブホテルの駐車場に止めようとしたとの事。
「信じられへんやろ?」彼女は憤慨してそう僕に聞く。
「うーん、いやでも二人っきりでしょ? 男やったら期待するんじゃないですかねえ」
「うそ、マジで? でも相手奥さんと子供いてるし、おっさんやで」
「いや、あるでしょ」
「じゃあ、今私が葦田君にホテル行かへん? て言うのと一緒やで、実際そんな事言われたらどうする?」
「え!?」なんじゃそりゃ、僕は超戸惑ってしまう、「え、いや、えーと、冗談ですよね、って聞きますね、はい……」
「やろ? ありえへんやん、そんなん」
「あー、そうっすね」


僕は野菜ジュースを飲み干し、ハムを一枚はがして食べる。
台所はしんと静まり返っていた。


その日、その先輩(結婚した方)は僕に他にも色々な事を語って聞かせてくれた。今考えるとすごくためになるというか、実際に本人に聞く事が難しいような内容の話を聞く事が出来たと思う。
浮気の体験や、どんな人と付き合ってきたかとか、付き合いそうで付き合わなかった人とか、結婚相手の事とか。そういった話。
彼女はバイトを二つも掛け持ちしてて、常にしゃべっていて、人の話なんか全然聞いてないんだけど、ずっと笑顔で、人を惹きつけるパワーがあった。そのパワーの源はアホみたいに良く食べる事、そのバイキングで、寿司とか焼肉食った後にチーズケーキやら果物をアホほど食ってた。なのにとても痩せていて、胸なんかぺったんこで、僕よりも背が低くて、無茶苦茶かわいかった。
それでも、しかし、僕は彼女に一切の恋愛感情を抱いてなかった、と断言できる。
僕はずっと疑っていたのだ、彼女達に対して、心の中では決して警戒を解いてはいなかった。
僕は前任の、素人童貞の先輩の代わりなのだ、彼女達は新しい玩具が欲しいだけなのだと。
新しいこの玩具は、前任の男やバイト先の店長のように私達を口説くなどというバカな事をしないよう躾をしないと。この新しい玩具はどのくらい私達を笑わせてくれるだろう、もし楽しめなくなったら前任の男同様、用済みにして後でさんざん悪口を言ってやればいい。もちろん次の玩具も童貞の男を選ぶ、何故なら童貞は笑える玩具だから。
彼女達は心の底でそう思っていたに違いなかった。少なくともその日、僕を誘った動機がそのような理由である事は疑いようが無かった、絶対、そうに違いなかったのだ!


「んなアホな……」
僕は自室で、一人呟き、自嘲的な笑みを浮かべる。