シャッターの巻き

生活サイクルもそうだが、日が高い内に外に出る事が無い。商店街にはアーケードがあるので、日の光も直接入ってこない。ふと何日も日の光を直接浴びて無い事に気付いて、今日のような天気の良い日には日光が恋しくなった。
仕事で近くのコンテナ倉庫に在庫品の出し入れをしにいく、少しは日光が拝めるかと思ったがここも影になっていたので、一瞬遠回りして帰ろうかと思った。
そこに、家が近所の友人が偶然あらわれる。サッカーの試合帰り、との事。
「ワールドカップ近いね、どうすんの?」「いや、俺はワールドカップ出ないよ?」なんて会話を交わす。


「手伝おうか?」友人は僕が作業しながら話してるのを見て、気を使ってくれた。
「いや、大丈夫」
「なんか重そう、大変だね、ってか今までやった仕事でどれが一番しんどい?」
「いやー、俺あんまり他の仕事した事ないから……」そう言って僕は口篭もった。実は僕は今の仕事以外のバイトを一度もした事が無いからだ。なんとなくそれがとても恥ずかしい事に思えて、語尾があやふやになった。
「でも、今のこの仕事は楽な方だよ、 やっぱ肉体労働系の仕事はもっとキツイと思うよ」経験は無いが、僕は仕方なく一応そう答えた。
「肉体労働系……?」
「ほら、工事現場とかで、重い資材肩に担いで運んだり」僕は鉄柱を肩に担ぎながらガニ股で歩く真似をする、「あんなの、俺みたいなのがやったら死んじゃう」僕は背が小さいし体力も無いからね、という言葉はあえて言わなくても分かってるだろう、と思った。
「あー、俺も無理、腰やられそう……」友人は腰に手を当てながら言った。
「いや、そりゃそうだろ」友人の仕草を見て僕は思わず笑ってしまう。
「やっぱ、肉体労働とか、重いもの運んだりする仕事は嫌だなあ」友人が言った。
彼は無職なので、自分の就くべき職業に迷ってるのかもしれない。
「ん? でもお前だったらできるんじゃない? 俺はほら身体小さいからね、でもお前だったら多分いけそうだよ」僕は彼を励ましたり勇気付ける気は全く無く、本心からそう言った。
「えー、そうかな……」そう言いながら、友人は帽子のツバを掴んで僕を見上げた。自分の身長と僕の身長を比べているようだ。
「お前のお父さんすげーでかいだろ」僕の目測だと、彼の父親の身長は190センチぐらいあった。
「うん、めちゃくちゃでかいね。俺の父さんがでかくてもしょうがないよ、俺は背が小さいからさ」


彼と話してる内に、コンテナ倉庫での作業が全て終わった。
僕は倉庫のシャッターを下ろし鍵を締める。
「このシャッターってさ、ここでぐるぐる巻かれてるんだよね?」そう言って友人は、シャッターの上に飛び出ているトタンでできたBOXを指差した。
僕は友人の質問に少し戸惑う、そのBOXが果たして何であるのか、今までそんな事を疑問に思った事など無かったからだ。
そのBOXは丸太を縦に四分の一にしたような形で、シャッターと屋根の間に飛び出していて、曲面が倉庫の外を向き、直角部分がシャッターの上の壁と屋根にぴったりくっついていた。
僕は一瞬、直感的に、これはシャッターを巻き取り収める為のBOXでは無いんじゃないか、と思った。商店街にシャッターのある店は沢山あるが、こんなBOXが付いている店を見た記憶が無かったので、そこに違和感を感じたのだ。
「いや、これは雨よけなんじゃ……」僕は言った後で、それは無いと思う。そのBOXの上にはちゃんと屋根も雨どいもあったからだ。
僕はいつも自分の店のシャッターを上げ下げしている、その時の事を思い出そうとするが、こんなBOXは見た事が無い、ではうちの店のシャッターは一体どこに巻き取られているのか? あるいは巻き取られずに、平らなまま上の壁に収納されているのだろうか? そんなはずは無かった。
「そうか……、なるほど、そうだ。ここで巻き取られてるのか……お前頭良いな」
このBOXに興味を持ってその構造に気付いた、という事が凄いと思った。彼がこのコンテナ倉庫を見たのは今日が初めてなのだ。
でも普通はこのBOXはシャッターの内側、倉庫内にあるべきなのだ、外に飛び出してるから違和感を感じてしまう。何故そんな事をしたのだろう、倉庫内を広く使う為、簡易なコンテナ倉庫という設計上、など僕は頭の中で短い時間で考えた。
「うん」頭が良いと言われた友人は僕が考えている様子を見て、何を考えている? という眼差しを向けた。そして僕の次の言葉を待ってるみたいだった。
「うん、うん、じゃあこのシャッター、このBOXの中でどっち向きに巻かれてると思う?」この質問は僕がそれを疑問に思った5秒後に口から出た言葉だった。友人との会話と僕の頭の中を同じテーマにするためだ。
友人は瞬時に答えた、「そんなのまっすぐ入って、こっち側に巻き取られてるに決まってるよ」彼は手前(倉庫の外方向)に向かって巻かれているという事を、腕と指を回して表現した。
それを見て僕は、その答えに疑問を抱く。果たしてそうだろうか? 何故だか逆のような気がする……、上手くは言えないが。
「そうか……そうかなあ……」僕はそう言う。
「絶対そうだって、それしか考えられない」
たしかにその方が効率が良いような気がする。でもそのBOXの形、曲面になっている部分に意味が無くなってしまう、斜めにトタンを貼りつけても良いはずだ、何故わざわざ曲面にする必要があったのか。しかし、僕はまだその考えに確信は持てずにいた。
「……うん」
そこで会話が止まった。
僕はもう考えるのを止めた、何しろ最近の僕は疲れてるんだ。禁煙失敗続きでまともに思考できない状態なんだ、と思う事にした。実際、その時は禁煙20時間の不快感が僕を襲っていた。


僕は友人の発想力や思考が素晴らしいと思った。実は今までこの友人の事をそれほど頭が良いというか、彼の持つ能力について考える事が無かった、平凡などこにでもいる奴だと思ってたが、なるほど、そうでは無かった。客観的に彼の事を考えると当たり前の話ではある、僕は完全に友人として、対等な立場で彼を見ていたから気付かなかったんだ。
そんな事を思いながら、僕と友人はそのコンテナ倉庫を後にする。


友人の家は僕の店の真向かいなので、僕は彼と一緒に並んで帰る。
途中靴屋のおばさんと目が合った、おばさんは何か探るような目つきで僕と友人を交互に見た、友人はその視線には気付いて無いみたいだ。
すれ違いざま、おばさんは僕に言った、
「アンタの子供か?」
僕はその冗談に笑う。
「大きい子供やなあ、アンタと同じぐらいやん」隣に居たたこやき屋のおばさんが僕らに気付いて、さらに冗談を言った。僕と友人の身長差は10センチ程度なので、それを少し皮肉った冗談だと思った。
「違いますよ」僕は笑いながら答える。
友人はその会話を完全に無視していた、すれ違った二人のおばさんに振りかえって目を合わせようともしなかった、もしかしたら僕に気を使っているのかもしれない。それとも、くらだない冗談に怒っているのかも。
「ほら、これペーパーナイフ」歩きながら友人は僕にとても小さな、小指の爪ほどの金属のナイフを見せてくれた。
「いいねそれ。ガチャガチャで取ったの?」
「そう」
「なんか、懐かしいなあ」


僕らは店の前に着いた。彼の家は僕の店の真向かい、ここでお別れだ。
「じゃあ、俺店に戻るよ」
「オッケー、んじゃね」
「おう、またな」


それから、何時間か後、僕はもう一度倉庫に行く用事ができた。その時に、僕はシャッターの構造を一人でよく観察してみた。果たして、このシャッターはどちら向きに巻き取られているのだろうか? と考える。
五分ほど考えて、答えが出た。やはり友人の言っていた巻き方では無く、その逆で、手前では無く、向こう側(倉庫側)に向かって巻かれているはずだ。友人の言う巻き方では、シャッターが裏返ってないと巻き取る事ができないのだ。
つまりシャッターの蛇腹の向きと、蛇腹になっている構造の意味を考えれば良い。


僕はその答えを、友人に伝えたくなったが、彼はそれを理解してくれるだろうか? 彼にとって、シャッターの蛇腹の仕組みを理解する事はできる、と思うのだが、自分の考えが間違いである事に気付き、その考えを捨て正しい考えを受け入れる事の方が難しいように思う。
しかし、これは何も彼だけでなく、そう例えば、僕と同じぐらいの年齢それ以上の大人の人でも同じ事が言える。むしろ11歳の彼の方が素直に理解してくれるかもしれない。


今日実際にあった出来事を書きながら、僕は今思う。
日記を書いていて良かった。今日という日の面白さに気付けた。人と人が理解する事の難しさ、楽しさみたいな事も感じたし、こういう日記をもっと書いていきたいけど、そうも上手く行かないだろう。でも、ただ実際に起こった事をそのまま書いただけなのに、これ書いてて超楽しかった。やっぱ小説文体で書く方が好きだ、てか小説書きたい。