禁煙日記

ふと見たサイトに見覚えのある名前があった。また仲の良かった同級生が活躍してるのを見た。これで二人目。今回は高校の同級生、クリエイター系? の仕事してはった。つーかいつのまにか結婚して大きな子供さんがいてはった。なんか泣きそうになった、歯痒い、おもはゆいような。今すぐメールでも書きたい気分になったけど、どうよ? なんかすごいやん? みたいな祝福と嫉妬と媚の入り混じった下卑たメール今更送れない。
なんか別れた恋人がその後幸せに暮らしてるのを妬むみたいな風になってるね、つかまあ恋人達のその感情がどういうものなのか経験無いのでわからないけども。


なんだこれ、同じ年月を生きている同級生とは思えないw 僕は一体どれぐらいの大きなミスをしてしまっているのかもはや見当もつかない。僕の時間が止まってからどれほどの時間が過ぎてしまったのか、僕が真っ暗闇で膝を抱えてフリーズしてる間に、本来の僕が越えなければいけない壁はどれほどあったのか。僕はその壁をことごとく迂回してしまっている、逃げて逃げて逃げまくっているのだ、それはもう取り戻せないのかもしれない。そしてこともあろうに僕は今現在も逃げている最中、というこの現状、もはや救いようが無い。


結局原点に立ち返って元居た場所に戻っている、二十歳の頃の陰鬱なあの日々に。だがそれでいい、もう一度本来越えなければならなかった壁に挑戦しなければならない、こっからやり直しだひとつずつ壁を越えていってやる。というかこれはマストだ、越えなきゃなんないツケを払わないと。その先にしか僕の未来は無い。


良い機会なので自己紹介がてら過去を振り返ってみる。
二十歳の頃を振り返ると、あの頃僕は何もかもゼロにしたかったというフシがある。「何もしない」がしたかった、それでも自分は大丈夫だと思ってたし、最初のうちはそれを楽しんでいた。でもそんなもの砂上の楼閣のごとき脆さでもって崩れた、何より一番堪えたのは孤独だ。人は独りでは絶対生きていけないと思った。
そんでひょんな事から働かざるおえなくなり、僕は21歳10月頃から働き始めるんだけど、22歳の夏ごろなんか完全にリセットされた気分になった、俺生まれ変わった今までとは違う生き方人間になれると本気で思うような心境になれた。それは何が原因とかは無いんだけど、なんか二十歳の頃から僕が求めていた「ゼロにしたかった」とはそういう事だったのかもしれない。つまり自分がなりたい自分という者がどういう人間かという事が分かった、思うに僕は今までの自分を捨てて変わりたかったんだけど、前の自分が嫌だからとかでは無く、より自由に楽しく生きてくために変わりたかった、OSのバージョンアップみたいなもんだ。それは他の人はどう思うから知らんけども僕にとっては大事な事だった。
それから僕はその年の冬にスケボーをはじめる。これは今までの僕の中では有り得ない事、この時すでに22歳、そっからしかもよりによってスケボーを始めるなんてのはまあ普通に考えても有り得ない。これは僕の中での革命だった。
23歳になった僕は積極的に色んな人と会い、友達になる事ができた、バージョンアップした僕は人間関係の間にこそその力を発揮し、その点においてバージョンアップした僕は無敵だった。
そして24歳になった僕はふと立ち止まる、このままでいいはずがない、と。このままそれなりに楽しく生きていくのが目的なのか、お前が望んでいた人生とはその程度かと。友人達と遊んでいる間にも感じていた自分の不甲斐なさ、僕にもっと力があれば皆ともっと楽しくやれるはず、とずっと歯痒く思っていた。何より自分が自分自身に納得していない、今までやるべき事から逃げてた分のツケを払わなきゃならない、バージョンが変わっても未だ僕の居る場所は二十歳の頃と同じ場所で燻ったままだ。皆を牽引していけるぐらいの力を手に入れなければならない。
25歳今、僕はあまり友達と遊ばなくなった、呼ばれれば出かける程度、特にネットで知り合った友達とはほとんど連絡を取っていない。一体これはいつまで続くのだろうか、いつか彼らともう一度笑顔で会える日が来るのだろうか。もちろん僕はそれが望みであり、目標ではあるのだけれど、全くもって先が見えない。一体僕は過去どれほどの大きなミスをしでかしたのだろう、僕の時間が止まってからどれほどの時間が過ぎてしまったのだろう、本来の僕が越えなければいけない壁はあとどれぐらいあるのだろうか。


2005年25歳、僕は今絶望のただ中に居る。


そしてまた煙草に火をつける。